exhibition

「私はあなたであった。あなたは私になるだろう。」


 2013年4月6日(土)~5月6日(月・祝) 
 12:00~19:00(金・土は20:00まで) 
 火曜日休場 

荒木茉莉 木内祐子 久保田淳 

澤田明子 長谷川幾与

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 古来より多くの画家に描かれてきた草花。咲けば美しいが、やがて儚く枯れてしまう。その移ろう様は目に映るほとんど全てのものに当てはまる。生あるものだけでなく、私たちが住む都市や社会も日々姿を変えていく。そのなかで、私たちの心は変わらずにいられるだろうか。 

 私たちは大学で日本画を学び、現在は様々な素材を用いて制作をしている。私たちの作品に共通点を見出すなら、表現の繊細さと、画面に表れる緊張感が挙げられるだろう。微妙なバランスの上に成り立つ儚さは、脆弱なガラスのような精神が無意識のうちに反映されているのかもしれない。 

  今回の展示タイトル「私はあなたであった。あなたは私になるだろう」はラテン語の「Tu fui, ego eris.」を参考にした。「私はあなたのように生きていた。あなたもいずれは私のように死ぬだろう。」と示すこの言葉は、墓碑銘に刻まれることが多いという。 

  移り変わる世の中で、私たちは生を見つめ、その貴重な一瞬を表出することを志す。





 【出品作家】


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荒木 茉莉 ARAKI Mari 
1984 年 東京都生まれ 
2009 年 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業 
2011 年 多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻修了

主な展示 
2007 年 光の部屋 現代height's (下北沢) 
2008 年 emerging buds debut 2008 exhibit Live&Moris 銀座 
2009 年 A trace of 10 years in Grally Den 現代height's (下北沢) 
2010 年 CAF.NEBULA2009  埼玉県立近代美術館
      瞼景 こ卯さぎ亭 (東中野)
      交差する風・織りなす場-SMF アート楽座 アートバンク2010
       交差するまなざし 川越 旧織物市場 

受賞 
守谷育英会美術奨励金 守谷賞 
臥龍桜日本画大賞展  入選 


作品コメント 
【瞼景】 
人それぞれ人生は全く違うが、人の記憶の六割は、好ましい記憶になるよう調整されていると聞いたことがある。思い出は、その時確かに焼き付けたつもりでも、その瞬間から変化し始め、誇張され・美化され、都合の悪いものは消され、死ぬまで常に変容を続ける。 
その作業は、人間らしく魅力的で、その流動の中に介入される無意識の主観(都合の良い勘違い)の中に、人それぞれの純粋な美の感覚があるのではないかと思う。 
私は、現実と自分の間の薄膜、瞼のようなものを絵画と捉え、一瞬のまばたきの瞼の裏に留まった、私のものになる途中の風景を瞼景と呼び、その景色を描くことで個人的で純粋な美の感覚を具象化したいと試みている。 





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木内 祐子 KINOUCHI Yuko 
1981 年 徳島県生まれ 
2006 年 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業 
2008 年 多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻修了 

個展 
2008 年 かねこ・あーと・ギャラリー 
2009 年 フタバ画廊 
2010 年 Shonandai my Gallery 
2011 年 Shonandai my Gallery 

グループ展 
2005 年 4/ けだま (銀座OS 画廊) 
2007 年 けだま展 (ギャラリー青羅)
      佐藤国際育英財団「第16 回奨学生美術展」(佐藤美術館) 
2008 年 けだま展 (銀座東和ギャラリー) 
2010 年 けだま展4 (プロモ・アルテ プロジェクトギャラリー)
      顔・顔・顔 (Shonandai my Gallery)ほか 

 作品コメント 
「絶えずベートーベンのような巨人が後ろから歩いてくるのが聞こえる」(ブラームス)   ドイツロマン派の音楽家ブラームスは、過去の音楽を徹底的に研究して自身の作品を作った。作品の主題を音楽以外には求めない「純粋音楽」は、ヴァーグナーの「標題音楽」と常に比較される。
 音楽を美術に例えてみよう。ヴァーグナーの音楽のような絵画は、歴史上多く描かれてきた。歴史や宗教、神話の一場面を描いた絵画は、その物語ゆえに作品が成り立っている点でヴァーグナーの音楽と共通している。対するブラームスの音楽は抽象的だが、抽象画の全てがブラームス的かといえば、そうとも言い切れないだろうし、具象画の、例えばニューペインティングなどにもブラームス的要素が見出せるだろう。
 私はブラームスの音楽のような作品を作りたい。絵画の構造を探り、美術の歴史をふらふらと彷徨い、現代に置き換えて思索する。そうして見つけた要素をつなぎ合わせて作品を作る。この試みはいつか私にとってのベートーベンに匹敵するまで、ずっと続くだろう。





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久保田 淳 KUBOTA Atsushi 
1985 年 東京都生まれ 
2009 年 東京学芸大学教育学部G 類芸術文化課程美術専攻卒業 
2011 年 多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻修了

 個展 
2010 年 「アンビバレントな私の私」 こ卯さぎ亭, 東中野 
2011 年 「工芸の地平で」 こ卯さぎ亭, 東中野, 東京
      「Mutability」 Key Gallery, 京橋, 東京 
2012 年 「虚飾でつながるエトセトラ」 卯さぎ亭, 東中野, 東京 

グループ展 
2009 年 「Co-Core プロジェクト 国際講評会」 弘益大学, ソウル, 韓国
      「無碍」 MinMin Gallery, 代官山, 東京 
2012 年 「Emerging Contemporary Artists of Japan 2012 Exhibition」
       2/20 Gallery, New York (Chelsea) 
     「Onward- Navigating the Japaese future 2012」
       Hive gallery and studios, LosAngels 

受賞歴 
2011 年 「トーキョーワンダーシード 2011」TWS Shibuya, 渋谷, 東京 

 作品コメント 
「 われわれが『ある』という言葉でもって一体なにを思い描いているのか、という問いの答を、今日われわれは持っているだろうか。われわれは、いままでその答えを持っていると思い込んでいたのに、今では全く心許なくなっている。」 ハイデガーも引用したプラトンのこの言葉は、古代から人に存在する「存在の不安」を的確に表現しているように思えます。 個というものを求められる現在において、その不安はより顕在化しているように思えます。 他人とのつながり、社会的な制度や地位、歴史などでは説明し切ることができない個というものについて、「存在の不安」というものに震え、それでいて危ない自己意識の上に成り立つ自我にしがみついているように見えます。 今回の作品は、その不安というものを視覚化し、鑑賞者に対面させることを目的としています。 「私はあなたのように生きていた。あなたもいずれは私のように死ぬだろう。」 様々な人が作品に対面し、時間と空間を共有しながらこの不安に対し様々な解答のきっかけを得られるのであれば幸いです。






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澤田 明子 SAWADA Akiko 
1982 年 東京都生まれ 
2007 年 多摩美術大学造形表現学部造形学科卒業 
2009 年 多摩美術大学大学院美術研究科日本画専攻修了 
2012 年 多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了 博士号取得

個展 
2007 年 「澤田明子展」 blaurot(福島) 
2010 年 「澤田明子展」 ガレリア・グラフィカ bis(東京) 

グループ展 
2011 年 「VOCA 展2011 現代美術の展望―新しい平面の作家たち」
       上野の森美術館(東京) 

受賞 
2011 年 「VOCA 展2011 現代美術の展望―新しい平面の作家たち」 佳作賞 


 作品コメント
 私が日本画を選んだ理由は、岩絵具の色の美しさにある。天然の石を細かく砕いた岩絵具は、他のどの絵具よりも美しいと私は実感している。その為、私は岩絵具の美しさをどのようにしたら画面上で発揮することができるのかということを日々こころみてきた。それは、私と画面上での出来事との対話であり、結局は岩絵具のいうことをききながら、いわば従順に色をのせていくやりとりだ。 画家はふつう表現されたものがどれくらい本物に近づけているか、あるいは理想に近づけているかといったことを判断しながら制作を進めていく。この時、モチーフへ迫ろうとすればするほど、つまり描けば描くほど、初めにのせられた色彩と形は、後から積み重ねられた色彩と形によって消えていく。 では、私が初めに描いたものはいったい何であったのか?次に色彩と形をのせるのはいったい何の為なのか?私は何の為に今この絵具を選び、のせているのか?制作過程の中で、今の、この一塗りはいずれ画面の表面から消えて行く。最終的な画面へとたどり着いた時、そこにはもはや私が初めモチーフをとらえていた、あのどこか原初的で清新な感覚はない。私はこれが嫌、というのが言い過ぎなら、こうした絵具の積み重ねに抵抗を感じるのだ。つまり、私の絵具を積み重ねたくないといった気持ちには、描くという行為そのもの、その一回性への徹底した態度があり、今この一塗りにおける絶対的な感覚への、狂おしいまでの希求があるのだ。要するに、私はモチーフに対して間接的にではなく、媒体である岩絵具絵をつうじて直接的に迫ろうとしており、これこそが私の「表現」であると考えている。 私にとって滴りは支持体と絵具の出会いの初発性を色濃く宿した、ほとんど神秘的とも言えそうな絵画という現象のわずかな手がかりにほかならない。岩絵具の粒子の微妙な感覚を頼りにうまく滴らせることができれば、画面はその時点でほとんど完成していることも大いにあるようにも思えるのだ。 





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長谷川 幾与 HASEGAWA Kiyo 
1984 年 東京都生まれ 
2009 年 多摩美術大学美術学部絵画学科日本画専攻卒業 
2009 年 アアルト大学(フィンランド)短期派遣交換留学 
2011 年 多摩美術大学大学院美術研究科絵画専攻修了 

個展 
2010 年 "Within Beauty" Aralis gallery(フィンランド) 
2011 年 「長谷川幾与展」ギャラリーなつか (東京) 
2012 年 「長谷川幾与展」ガレリア・グラフィカbis( 東京) 

グループ展 
2008 年 "visions" 新宿駅西口プロムナードギャラリー 
2008 年 "flow" 表参道画廊 
2009 年 「日本の画展2009 / ニッポンノガテン」
      GREEN ART TEAM, masuii R.D.R gallery 
2010 年 「羅針盤セレクション 秘蔵の作家6 人展」 アートスペース羅針盤 
2012 年 「ギャラリーへ行こう2012」 数寄和ギャラリー

受賞 
2007 年 REICOF ART AWARD 2007 奨励賞受賞 
2008 年 第7 回 雪舟の里 総社 墨彩画公募展2008  


 作品コメント
 日本独特の湿潤な「空気」に強く惹かれます。 「雰囲気」「気配」「大気」...日本語には「気」をめぐる言葉が多く存在しますが、 日常の「空気を読む」感覚と同じように、私たちは風景と接する時にも自然と対話 をし、「空気」を捉えているように感じます。 古来から日本の山水画は、観る者の精神性を反映させるものとして扱われてきまし た。外界として景色を写し取るのではなく、内面と同一線上にあるものとして、自 らも景色の纏う空気と一体となります。 私は心象の風景を描くことで、日本の風景感覚を辿り、絵画を経て反芻しているのだと思います。  




【イベント】
 ●オープニングレセプション  4月7日(日)17:00~
 ●ワークショップ「あなたをみる、私をみる鑑賞ワークショップ」 
 4月21日(日) 第一回 14:00〜15:30(長谷川・久保田作品) 
         第二回 16:00〜17:30 (荒木・木内・澤田作品)  

あなたと私が同じ作品を前にする時、それぞれどのような感想を持つのでしょうか。そしてもし、あなたの感想や気づきを聞くことができたら、私の作品に対する感じ方はどのように変化するのでしょう。 本ワークショップでは、平野智紀さんをナビゲーターに迎えて、その場を共にする人たちと一緒に作品をじっくり鑑賞し、感じたことや考えたことを言葉に表します。他の鑑賞者の声に耳を傾けているうちに、あなたが感じたことを私も感じるようになったり、あるいはもっと違った考えが生まれたり、その考えが再びあなたと重なったり・・・作品をみることを通して変化する、あなたと私と作品との距離の感覚を体験します。私と作品の1対1では実現し得ない鑑賞会に、あなたも参加してみませんか。 

参加方法:要予約 
※お名前、ご職業、ご希望の回、ご連絡先を〈anatatowatashi21@gmail.com〉 までお送り下さい。
(各回定員15名/定員になり次第締切となります) 
対話型鑑賞ナビゲーター:平野智紀 MALLアート・コミュニケーションラボ




地図

・東京メトロ銀座線「末広町駅」4番出口より徒歩1分
・東京メトロ千代田線「湯島駅」6番出口より徒歩3分
・JR「御徒町駅」南口より徒歩7分
・JR「秋葉原駅」電気街口より徒歩8分